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行者徒然草

元陸自工兵。 現場談とヒットサーチを気が向くままに

幼少期と自衛隊

お馬鹿な幼少期

俺が生まれたのは、ごく普通の関東地方都市の病院。

物心付く頃には、この土地が好きに成っていた。

まあしかし、親父が元々空自づとめも有り、そんな親父とともにお袋と共に九州の方に行った。

この頃は確か、保育園だか幼稚園に通っていたと思う

良く他の人のものを取り上げたり、壊したり、寝る時間に仮面ライダーごっことかして、嫌われ者だったらしく、良く園長等に怒られた記憶がある

こんなとき、親が大体取り直しや
謝りに来る感じだったが、いつもお袋が
平謝りしてた

思い返すと、音楽発表会、学芸会、工作教室・・・いつもいつも同じ

お袋しか来れないのはわかってた

親父の姿が見れるのは、平日の俺がもう寝た後か、月に数日の土日だけ

夜勤やら当直とかで、基本この頃の全く親父を覚えていない

覚えているのは、久しぶりに休日山に出かけたとき、
俺がふざけすぎて崖から滑落しそうに成ったときだ

あの時の親父は、顔が真っ赤になって、手を引いてくれた

基本俺は悪さをしたら叱って欲しかった、他人と絡み方がわかんなくて、
相手を切れさして・・とかそんなバカな奴だった

でも、いつもお袋も親父も基本諭す感じで、俺に反省させる感じにした後は
何か食べ物とかを買ってくれた

山の時も、てっきりど叱られると思いきや、ひたすらに「良かった、良かった」とだけだった

只々、自分の馬鹿さ加減と親ばかの良さに気恥ずかしく、俺のほうが後悔した

帰りのドライブインでソフトクリームを買ってもらった

何故かいたたまれなく成ったのと気恥ずかしさとかで、泣きながら食べた

バニラと涙で甘じょっぱかった

はっきりいえば、自衛隊が嫌いだった

もっともっと、親父とこの頃遊んだり、話したかったと今更ながらに思う

園児で自転車で暴走して通園バスに激突して自転車をお釈迦にしたこと、
折り紙を上手く折れた人のやつを川に投げ捨てて大激怒されたこと

園の近くの柿の木めがけて、石あてをしていたら、
ガラスを割ってじーさんに怒鳴られた事・・

いろんなことを聞いてくれたのは大体お袋

諭すようにいつも言われて、でもきつく言って欲しかった

なんで親父とこんなに話せないんだろう? なんで?

大怪我して(ジャングルジムのてっぺんで仁王立ちしたら頭から地面にダイブした)、
自衛隊の病院に担ぎこまれたときだったろうか

意識が朦朧とする中で親父が空自の制服で、医師と話していた

ここが親父の仕事場かと思うのと、ここにいるせいで親父ともっと話せたり、
遊べれないんだと感じた

なぜか親父が奪われているようで、なんか切り離されるんだと思うと無性に自衛隊が悪いんだと

 

自衛隊≒悪の親玉なんてグルグル思考がメリーゴーランドのように回った後、麻酔で意識が途切れた

目が覚めると、包帯グルグルだったが、親が只々無事を褒めてくれた

よくわかんなかったけど無事に終わったらしい

退院後、親父が門まで見送りに来てくれた

この日も親父は夜勤

こんな日だからこそ喋りたいことが有った

でも口開く前に、デカイ飛行機のせいで親父の言葉も自分の言葉も
かき消されてしまった

結局、その頃はあんまり喋れなかった

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上の図が当時のデカイ飛行機、俺が「四枚羽」と呼んでいた、C-130輸送機。

この頃滑走路に近いところに住んでいて、この飛行機はよく覚えている

飛行する時の毎度のうるささと、親父と門で喋れなかった為、
逆恨みして「大きくなったら、コイツをやっつけてやるんだ」
とよく言ってたらしい(お袋談)

関係者の皆様、すみませんでした。

初めたきっかけ

はじめまして。

 

陸自会計兵→工兵だった行者です

 

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つらつらと語っていきます

 

このブログって?

陸自を辞めた人間が独断と偏見を
踏まえながら、色んなことを喋リます

 

書こうと思ったきっかけ

工兵の目線から見た職場や人間が世の中とのズレが大きく、

不満一杯に成ったので、
この際ぶっちゃけようと思います

 

見ていただければ、幸いです。